逃がされた魚

大きくなりたい。

疲れたってば

 どうもね、心に雲がかかっています。雨が降ったり雷が鳴ったり、でもなかなか晴れてはくれません。本物の梅雨に先駆けてジメジメとした気持ちが生まれてしまいました。

 うーん。この時期は去年、何してたのかしら。手帳を見てみました。なるほどそうだ、何でか忘れたけども、GWなのに彼に会えなくて、半ばいじけながら友達の家に遊びに行って、一人で「愛がなんだ」を見に行ったんだ。やっぱりあの人といないと退屈だなんて思いながら。

 なーんだ。コロナがなくたってあれと付き合ってたって、私はつまらなかったんじゃないか。多分一年経って同じ退屈さに戻った。別れた後から持ち続けてた悲しみは薄れて、薄れて薄れて、ほとんど見えなくなって、残った虚無感をどうしようもなく抱えてるだけ。いやまあ知らんけど。

 彼と会えるかどうかで心をときめかせたり落ち込ませたりしていた頃と、何があろうとなかろうと曇ったため息を吐き続けている今と、どっちの方がいいかといったら、どっちだろうね。

 きっとコロナさえなければもうちょっと、忙しく学校と遊びと家を行ったり来たりして、退屈を追い払えたんだろうけど、もう何を言ってもしかたない。こんな状況でも恋人とまったり家で過ごせている人やNetflixを楽しめている人はいる。私がそれではなかっただけだ。

 いや、「私がそれではなかった」案件多すぎてちょっとね、そろそろくるものがある。入学早々勉強をこなしつつも友達と遊びに行って恋人とか作っちゃうような学校生活を、他の年の新入生は送っている。私はそれではなかった。才能と経験と資本を持って、自分の有益だと思う生き方をしている人がいる。私はそれではなかった。期待し、それのために努力すれば色々なことを叶えられる人がいる。私はそれではなかった。生まれ持った見た目か性格か何かの良さで、存在するだけで愛される人がいる。私はそれではなかった。生きることに魅力と希望見出し、明日を楽しみにしている人がいる。私はそうではなかった。好きだと思った人に、同じくらい、あるいはそれ以上に好かれる人がいる。私はそれではなかった。私は違った。私はそうじゃなかった。そうなれなかった。

 ないものねだりなのはわかってる。ただ私が欲しかった、喉から手が出るほど欲しいと思ったものは、全部逃げていく。勉強なんかはもともと持っているから欲しいと思わなかっただけなのだろうけど。馬鹿だって自分の好きな人と好きなだけいられれば、それでいいじゃないかと思ってしまう。私はだからだめなんだよ。わかってはいるよ。でもやっぱり、好かれたかった。認めて欲しい。愛して欲しい。でも求めない。求めた人にはくれないから。神様なるものがいるなら、さっさと殺してくれればいいものを、何の意味もない人生に縛り付けて心だけ傷付けながら生かしてくるんだから、たまったもんじゃない。たまに希望をちらつかせて、飛びつこうとした瞬間届かないところへ持っていってしまう。そんな残酷なことがあるか。心を躍らせた瞬間のことを思い返すと、あまりに惨めで、もう早く留めを刺してくれと懇願したくなる。何にも期待できなくなるくらいまで叩きのめして、私を、ただのモノにしてしまってほしい。もう嫌だ。もう悲しい思いをしたくない。これ以上自分を嫌いたくない。

 ああ。疲れた。何もしたくない。何も欲しがりたくない。だから何もしない。こんなんでごめんね。幸せになれなくてごめんね。こんなはずじゃなかったのにね。なんでだろうね。どうしてだろうね。