逃がされた魚

大きくなりたい。

生きるのつらいな

 愛されなかった自分を、赦すことができない。

 だから嫌なのだ。人を好きになるなんて。

 相手のことは、本当には嫌いになれないのに、自分のことばかり鬱陶しく、救いようなく惨めに思える。相手に向けた、向けようとした愛情を、自分に注ぐことはできない。なぜなら、この愛情に模した何かはきっと、これといった魅力のない私が誰かを引き留めようとする、最後の手段、張りぼての愛、に過ぎないのだから。

 手に入れたいと思ったものは、ある程度手に入れてきた。むしろ、手に入らないものなどほしいと思わないできた。うちにはお金がないから、私そんなやる気ないから、あっても多分そんなに使わないから、諦めると考える前にほしいと思わなくなった。

 勉強だけは、私が持っているといっていいもののような気がしてきた。事実、今回も裏切られなかった。でも、それが、学歴が、なんだというのだろう。自分が東大生だからなんて理由で自分のことを大事に思うことなんてできない。経済的に苦労しないことや人からすごいわね、と言われることなど何の意味もない。

 いや、これは手に入ったから言っていることで、受験に落ちた平行世界の自分は今頃、自分の満たされなさを不合格のせい、自分の能力の至らなさのせいにしているところだろう。つまらない。つまらない人間だ。

 そしてやはり満たされないこの世界の私は何を求めているか。愛がほしいなんて、子供のころの私が聞いたら鼻で笑ったろう。そのために泣いて叫んで苦しむ自分を軽蔑し、絶望するだろう。情けない大人になった。本当に恥ずかしい。

 どうしようもない。得られそうで得られなかったものほど心をえぐる、えぐり続けるものはない。いわゆるコンプというやつだ。人は顔や、学歴や、いろいろなものにコンプレックスを持って生きている。私は何か。愛情コンプ?いや、全部だ。愛されなかった理由となりうるすべて、すべてが恨めしい。

 前の男に振られてから、自分のどこが欠如しているのか、怖くて怖くてたまに自分でいるのが本当に苦しくなる。自分という皮をはぎ取って脱ぎ捨ててしまいたくなる。このぱっとしない見た目だろうか。顔にある痣や少し大きな歯が嫌で、小さな目と低い鼻が憎くて、全体が気持ち悪い。たまに、鏡を見て吐きそうになって、気持ち悪くなって泣きだしたりする。それともこの性格だろうか。大した実はないのにいやに高慢ちきででしゃばりで、空気を読めなくてちっとも面白くない。じめじめしてどろどろして、でも馬鹿みたいに格好つけて涼しい顔をしようとして、ださい。プライドばかり高くて、ちっとも可愛げがない。でもすぐに何かに依存して、抜け出すこともできなくて、気持ち悪い。この体格も悪いのだろうか。肩幅が広くて手足が大きくて、変にがっちりして、本当にかわいくない。こんなの女だと思えない。気持ち悪い。喋り方もどもって滑舌が悪くて声も可愛くなくて気持ち悪い。髪の毛はいつも寝ぐせでぼわっとして傷んでて不快。デブ。ブス。のくせにすぐ調子に乗る。根拠もなく威張る。

 こんなんで愛されるわけないじゃん。愛してほしいとか言ってるのも気持ち悪い。もう何を変えても無駄だよ。でも一人で生きていくこともできない。みんなひとりでもちゃんと生きてるのに、それすらできない。なんで生まれてきたんだ?なんで生まれてきちゃったんだ。

 人に好かれないたびに、それを事実としてつきつけられる。頑張って尽くしても近づいても、やっぱり私を愛せはしないんだ。私じゃやっぱりだめなんだ。やっぱりそうか、そうだよね、ごめん、ごめんね。私なんかが好きになってごめんね。気持ち悪いよね。ごめんね。もう近づかないから、嫌いにはならないで。いなくはならないで。

 嫌われるのが怖い、とかではない。自分が自分でいるのが気持ち悪くてしかたない。ああ、あの子みたいに可愛かったら、あの子みたいにいい子だったら、あの子みたいに明るかったら、きっと誰かに愛されたのだろう。自分に自信をもって生きられたのだろう。親はそれでも、好きだったかはわからないけど結婚して、世界一大事らしい子供をもって、幸せだと言っていた。誰のせいでもない。私が生まれた時から欠陥で出来損ないだったのだ。

 こういうときに、自分を慰める手段を知らない。どこまでも殻に閉じこもりたくなる。中身のように、外側までやさぐれて、どうでもよくなってしまいたい。視界をゆがませ、悲しみを濁らすために酒を飲む。何も考えないで済むように、人生の苦さを少しでも忘れられるように、煙草の苦みを噛み締める。それだけ。それだけ。