逃がされた魚

大きくなりたい。

酒と恋人

 お久しぶりでございます。二週間ほど経ってしまったようです。

 とある事情でおうちに閉じ込められていました。ええ。みなさまには絶対にわからない秘密ですがね。

 この軟禁状態で私が何をさせられていたかといえば、そうですね、ひたすらにパソコン上で動画を見、音声を聞き、洗脳をされていたようです。

 その内容といえば、なんでしょうね、宇宙は何からできているのだという説明をされたり、αγγελοςとかいう意味の分からない文字で意味の分からない単語を読まされたり、週に5時間以上も東アジアの某大国の言語を聞かされ喋らされたり、様々です。大量のタスクも課され、一息つく暇もないくらいです。

 私はこのまま何になってしまうんでしょう。食べ物は軟禁されている自宅にいくらでもありますからぶくぶく太って、脳みそは知識を詰め込まれて、どこに出荷されるんでしょうかねぇ。怖いかぎりです。

 

 まあそんな軟禁と洗脳のストレスから、飲酒が増えました。週一くらいでしか飲まなかったのに、今週で三回、今日も友だちと夜オンラインで飲むので四回になります。しかも飲むとなったらそこそこ酔わないとつまらないので、翌朝に少々影響が出るくらいまで飲んでしまうんですね。うーんいけない。

 いや、お酒が好きなわけではないのです。断じて。これを言うとみんなに「どの口が」と言われてしまうのですが、アルコールという物質は生理的に嫌っています。消毒液のにおいで気持ち悪くなります。しかしながら、悲しい気持ちを埋める、ではなく誤魔化すのにはちょうどいい。一年前から一度だって消えることのない心の奥の寂しさを、魔法の水でぼやけさせるのです。この魔法、失敗すると悲しみがあふれて涙が止まらなくなるのですが。

 どんな時に失敗するか。一人で飲んだ時です。酔っぱらうと無性に喋りかけたくなるのです。ねえ、酔っちゃったよ。でも、その相手がいない。言いたい言葉は胸に押し込んで、いない事実を噛み締める。なんでいないの?どうして誰もいてくれないの?迷子になった幼子みたいにぽろぽろ泣いて泣いて泣き疲れて寝る。たまにやらかすやつです。

 まあこれも悪いばかりじゃない。からやっているのですがね。心の底に流れてる底なしの悲しみは、たまに外へ出してあげないと、あふれてしまいます。なんて理屈でわざと失敗させるわけですが、結局は底なし沼ですから、一回放出するとどばばあっと量を増して流れ出していく。とりとめがつかないくらい悲しくなって、結局は寝てしまうわけです。

 

 そろそろ恋人がほしい。この、誰もいない感は多分、そういう人でないと埋められないのだと思います。迷惑なことに。友達とわいわい飲んだり遊んだりするのと、根本的に役割が違うのでしょう。誰かがついているという安心感がほしい。あとは単に、愛されたい。今もまだ、去年からずっと、私は何がダメなんだろう。という問いを立て続けています。もうそろそろ、ここがだめだよ、じゃなくて、だめじゃないよ、という答えがほしい。答えになってくれる人がほしい。まあこうやって人に頼っているところがだめなのでしょうが。

 そんなわけで、私の方は時間のなさと心の不穏に依然悩まされておりますが、みなさまどうかご自愛ください。