逃がされた魚

大きくなりたい。

「失恋は時間が解決する」なんて嘘だよ

 こんばんは。夜名七夕多です。今日は珍しく連投です。

 最近感傷が過ぎてやってられんのです。センチメンタリストNayutaを名乗ってもいいのではないかと思って生きています。

 もうすぐ独り身になって半年が過ぎようとしているのです。当たり前に二人で過ごすものだと思っていたクリスマスが、もうすぐ、来てしまう。彼を置いて。

 今日手紙の整理をしていたら、自分の書いた手紙が見つかりました。多分去年の彼の誕生日か、それとも彼の浪人時代の何でもない日になんとなく書いて、なんとなく渡せないままだったのでしょう。

 「ずっと大切で大好きだよ」「ずっと一緒にいてね」「誰よりも好きでいてね」「愛してる」。見てて寒くなるようなかゆくなるような言葉を目一杯詰めた便箋は、それを書いたときの気持ちを、希望を、容易に思い出させてきて、少しあったかい気持ちになる。でも、ふとああ、もう一生叶わないんだ、と毎日立ち向かってきた事実に殴られ、ノックアウト。彼が愛してくれていたことよりも、ずっと愛されているだろうと信じていた自分が可哀想で、惨めで、苦しくなる。

 別れたすぐ後の方が元気だったかも知れない。4年間会っていなかったような人たちに月5回くらい会った。それは盛ったかも。課外活動的なのにも体験に行ったり、参加したり。ただがむしゃらに頑張っていた。我ながらすごい行動力だったと思う。もちろん毎日泣きはしたのだけど。

 でもその頃はきっと、彼のいないことを受けいれられない自分を、受け入れていたのだ。しょうがないよあんなに好きだったんだもん。そんなすぐに忘れられるわけないでしょ。でも頑張ってればきっと、きっと前よりずっと楽しくなるしもっといい人に出会えるよ。こう自分自身を励ませていたのだ。

 もうそれもできない。楽しいこともあった。いい人にも出会えはした(もっとも彼を基準にすれば「いい人」じゃない人の方が少ないのだけど)。でもだめだったのだ。自分なりに頑張りはした。それでも、あの人がいなくても/いない方が楽しいじゃん、全然平気じゃん、とは思えなかった。私は未だに、あれほどの幸せを見つけられやしない。

 すごく自分勝手で顔を見るのも嫌な後輩が、彼氏を作ったらしい。彼の前の彼女から奪ったようだ。みんなが出店で必死に働いている中、彼氏と一緒に文化祭を回っていた。来年同棲するらしい。自分でも驚くくらい胸がむかむかして吐きそうになった。彼といるときの自分を見ているようで、上手くいっていない自分と対比されているようで、苦しい。どうかその彼氏の元カノと同じ目に、私と同じ目に遭ってくれと願う自分の心の醜さに絶望する。私はいつからこんな人間になったのか。

 絶対に私の方が彼のことを好きだった。誰と張り合っているのかといえば、全恋する乙女だ。私は誰よりも彼を愛していた。全て愛おしいと思っていた。別れた、振られた今になって、この主張に何の意味が残っているのか。虚しさと負け惜しみ以外の何であり得るのか。私が出せる結論はいつも「だからもういい、死なせてくれ」だ。

 再三言っているように、私を好きじゃない彼など何の存在意義もないし、彼から愛されない自分も同様だ。前までは、死んだわけじゃないんだから、また会えるんだから良かったじゃない、なんて可愛くも思っていたが、生きてるのに私のことを好きじゃないとか何のバグですか???死んでどうぞ???としかもう思えない。

 私の方も死ぬべきだ。というのも、私が何をこんなにこじらせているかといえば、「恋愛」では実はないのだ。特に何が優れているわけでもないが、特別劣っているところもないはずだから、これまでも恋人を作ろうと思えば作れたはずなのだ。でもそうしなかったのは。そうできなかったのは。

 私が望んでいたのは恋多き人生でも、モテモテの自分というステータスでもない。ただ彼と一緒に迎える記念日であり、未来であり、家族だった。これは恋に恋してるというより、本当に彼に恋していたと言えるのではないか。何がなくても、あの人といられれば楽しいんだろうと思ってきたし、今でもそれは間違っていなかったと思う。ただ、彼がいなければ楽しくないという裏の命題が、等しく真であることは予想外だった。 

 彼がいなくなって、世界は霞んだ。楽しいこと、悲しいことを、楽しい、悲しいと伝えたい相手がいない。愛してると言いたいのに、言う相手がいない。正確にはもう彼に言えない。授業を頑張ってこなしても、彼に会いに行ける放課後は来ない。惰性で生きているとはこのことか。毎日彼に代わるような何かを明日に求めて、何も得られない今日を迎える。彼に可愛いと言われなくなって、私はまた冴えないブスに戻った。自分が彼を愛し抜く、守り抜くのだという自負が、私の誇りだった。今はもう、守るものは何もない。少し残った彼への愛を食い潰し死ぬ時を、今か今かと待っている。

 失恋どころか恋人ができたことない人だって一杯いるぞ!とよく言われる。私にとって恋人が「いた」ことはむしろdisadvantageだ。あんなに愛した人に振られるなら、誰も愛さない方がましではないか。彼より好きになれない人と付き合ったって虚しいだけだ。どうせ別れるのに好きとか一生とか馬鹿みたいだ。新しく恋をすべきだと思っても、こんな考えに阻まれる。そして変わり映えのしない日常を、のうのうと生きている。

 そんなことを書いていたら、ああまたこんな時間だ。やっと夜になった。

 今日も頑張って生きた。今日も死ねなかった。