逃がされた魚

大きくなりたい。

百円の恋に五億円の愛(百八円の恋)

もうすぐこの映画も終わる

こんなあたしのことは忘れてね

これから始まる毎日は

映画になんかならなくても

普通の毎日でいいから

 

    こんにちはー夜名 七夕多(よな なゆた)です。これは(またも)クリープハイプの「百八円の恋」という曲の冒頭です。この曲は映画「百円の恋」の主題歌になっています。

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痛い痛い痛い痛い痛い

痛い痛い痛い痛い痛い

痛い痛い痛い痛い痛い痛い

でも

居たい居たい居たい居たい居たい

居たい居たい居たい居たい居たい

居たい居たい居たい居たい居たい居たい

 

    ゲシュタルト崩壊しちゃいますね。とにかく痛くてしかたない。足の小指をタンスの角にぶつけた時、いたああぁああいああああと叫ばずにはいられないわけです。痛みがなくなるわけじゃないんだけど、でもなんかちょっと発散されるような。

    そして痛くて居たいんです。

    どこが痛いのか。どこに居たいのか。まだわかりません。

 

もう見ての通り立ってるだけでやっとで

思い通りにならないことばかりで

ぼやけた視界に微かに見えるのは

とってつけたみたいなやっと見つけた居場所

 

    もう痛いんです。ぼろぼろになって傷だらけ。思い通りにならなくて傷ついてるのは心なんです。

    この「とってつけたみたいな」、でも「やっと見つけた」居場所というのはどんな場所なのでしょう。

     私は昔この曲を聴く時、なんとかかんとか入ることのできた「彼の彼女」という場所を思い浮かべていました。とってつけたみたいな、適当に恋人という名前をつけてみただけのような関係だと思っていました。

    彼は付き合うということを、安心できる関係になることだと自慢げに語っていたようですが(昨日人伝てに聞いた)、私はちっとも安心できてなかった。全くもって安心できなかった。愛されたいと願いぼろぼろになりながら、なんとか一年かけてその場所を手に入れた。

    でも、その場所を手に入れてからだって、愛されてないかもしれない、愛されなくなるかもしれない不安にいつだって押し潰されそうだった。

    

終わったのは始まったから

負けたのは闘ってたから

別れたのは出会えたから

ってわかってるけど

涙なんて邪魔になるだけで大事なものが見えなくなるから

要らないのに出てくるから余計に悲しくなる

 

    だいたいいつもここで、声を上げて泣き出すわけです。

    始まれたから終わったんだよ。わかってるんだよそんなの。でも、終わらないために頑張ってたのだ。不安とか色んな気持ちと闘って、だから振られた時に「負けた」って気持ちになった。

    別れたっていう信じられないくらい悲しい事実だって、それを経験することになったのは彼に「出会う」っていう人生で一番嬉しくて幸せな出来事のおかげで起こったことだった。そういうものなのだ。

    わかってる。幸せだったから、終わりも負けも別れも辛いのだ。別れが辛かったのは、それだけ幸せな時間を過ごせたからだ。でもそれを、いい思い出だったと笑えるほど、私はまだ強くない。

    まだ痛い。まだ涙が出てくる。泣きたくないのに。もう大丈夫だって言いたいのに。涙に霞んで前が見えなくなる。またあの時の彼を、自分を思い出す。大事なものだと気づいたはずのものが、見えなくなる。やっぱり彼との日々が大事だった。ように思ってしまう。

 

誰かを好きになることにも消費税がかかっていて

百円の恋に八円の愛ってわかってるけど

涙なんて邪魔になるだけで大事なものが見えなくなるから

要らないのに出てくるから余計に悔しくなる

 

どうして上手くできないんだろう

どうして上手くできないんだろう

 

    こっちは二番のサビ。

    好きになるだけじゃ済まなかった。恋を楽しむだけじゃ収まらなかった。そうなるってわかっていたんだけど、こんなに苦しくなるとは思わなかったよ。

    百円くらいの恋だったのに、二百円も三百円も千円もの愛をかけてしまった。好きになればなるほど愛おしくもなった。いくらでも愛した。好きなだけ愛した。

    その分のツケが今きてるのだ。賭けに負けた。あいつに負けた。借金だらけだ。愛が返ってこないのに、かけすぎたんだ。

 

    歌詞はどうしようもなく救いがないようなのに、下手くそな自分をそれでも頑張ったねって思えるような、そんな気持ちになるのです。もうあの恋を美化することはできないけど、恋は始まったし私は闘ったし彼とは出会えた。だから今は泣いてもいいよ。

そして次はもっと上手くやれよ、私!