逃がされた魚

大きくなりたい。

失恋した女子大生の話

 「―あのね、私ね、昔もらったマグカップすごく気に入っててね、毎日使ってるよ。あと、もらった水筒も使ってるし、手袋も、あなたからもらったもの全部、見るだけで幸せな気分になるの。それでね、えっとね、、、」

 5月19日の日曜日、午後11時頃。私はもう目前まで迫っている”終わり”を遠ざけようと、必死に言葉を探していた。私が言葉を途切らせたら、”終わって”しまう。そう思えば思うほど、焦りで頭は回らなくなり、言葉の代わりに涙ばかりが溢れて零れ落ちた。

 「もう、そろそろ終わらないと。話してたら、どんどん、別れられなくなるから」

 ビデオ越しに、彼も泣いていた。三年間付き合っていて、泣き顔をちゃんと見たのは初めてだった。驚くほど優しい声で諭された私は、とうとうその瞬間が来るのだと、愈々大声で泣き出した。

 「いつもこっちが切ってたから、今日はそっちが切らなきゃだよ。そうじゃないとまた電話、できる気がしちゃうから。」

 返事ができない。私から切られるわけがない。だってそうでしょう。いつもの電話を終わるときも、デートの終わりに改札へ送ってもらったときも、私はいつだって自分から切れなくて、最後まであなたの言葉を待ってて、なかなか離れられなくて、改札を通っても何度も何度も振り返っていたのに。この、人生で一番幸せだった三年間を、自分の手で終わらせるなんて、できっこないじゃないか。

 でも。私が切らなかったら、彼がまた、いつものように切るんだろう。そしてもう二度と、彼から電話が来ることはない。自分が切るのと、彼に切られるのと。自分が終わらせるのと、彼から終わらせられるのと。それなら、前者の方がいい。自分から終われば、自分からまた始められる気がした。

 「じゃあ、ね。三年間、ありがとう。大好き。愛してるよ。」

 大好きで大好きでしかたがない彼の顔を見ながら、どうにか笑って電話を切った。大声で泣いた。終わってしまった。1年の片想いと3年の交際が、終わったんだ。私の全てだった彼が、私と関係のない誰かになった。私も、誰でもない誰かになった。

 

 これは、約二ヶ月前のことです。今久しぶりにあの時のことを思い出してパソコンに向かっていて、涙と鼻水で顔はぐちゃぐちゃ、声を抑えながら泣いています。これまで生きてきた中で、覚えている範囲では、一番痛い、心臓に穴を開けられるような時間でした。

  その後は、嫌でも彼のいなくなった自分と向き合わなければならなくなり、何度も死にたいと思うほどに苦しい思いをしました。何がそんなに苦しいのか、どうしてブログを始めることにしたのかというのは、この次の投稿で文字に起こしていきたいと思います。

 ここからは、電話のその後、今に至るまでの経過の話です。冗長になっているので飛ばしていただいて構いませんが、失恋したばかりで苦しんでいる人、好きだった人を忘れられない人が、自分だけじゃないんだ、と少しでも気を楽にできればと思い、拙い文章ですが書かせていただきます。

 

 その直後は、ずっと泣いていた。彼との共通の友達の子と、確か朝の3時くらいに相手が寝落ちるまで電話していた。睡眠時間4時間ほどで目が覚めると、大学の部活の友達に、別れたとLINEを送った。彼女も、私が家を出る時間まで電話で話を聞いてくれた。

 学校には行ったものの、授業中も気を抜くと泣いてしまいそうで、そして泣くのをこらえるのが苦しくて、午後の授業を休み、池袋のヒトカラで歌いながら泣いた。全ての歌の歌詞が自分と彼に重なって、ほとんど声にならない嗚咽を発していた。

 その後は、授業を休むことはなかったが、ふと思い出すと授業でも電車でも涙が止められなくなる。2ヶ月弱も経った今でも、なのだ。泣いていないときは、彼と別れたことを忘れているだけ。付き合っている期間、彼から連絡が来ない間はずっと”待機中”だった。今も、私の頭も身体も、当然のように彼を待っている。

 

 これまでに一度だけ、彼と会った。借りていた本を返すという名目だったが、そんなことはどうでもいい。ただ顔を見て、声を聞いて、匂いを嗅いで、それがまたできるのが何よりも嬉しくて、別れる前に本を借りた、そして別れる前に読み終わらなかった自分に拍手を送った(別れてから彼の名残だと3日ほどで2巻とも読み終えた)。

 新宿の南口改札前、少し早く着いた私は、いつも彼が待ち合わせに遅れて到着していたのを思い、化粧を直していた。少しでも可愛いと思われたかった。耐えられなくなって、やっぱり一緒にいたいって、言われたりしないかなって、願っていた。すると、のぞき込んでいたアイシャドウの奥に、見慣れたズボンと見慣れた靴が現れた。息を呑み目を上げると、1ヶ月間、見たくてしかたなかった彼の顔があった。かなり痩せていた。前よりももっと格好良くなったね。私はほとんど泣いていた。

 その後何を話したか、よく覚えていない。一浪して某T大に入った彼は、勉強が忙しいこと、勉強が大変なこと、勉強しかしていないこと、勉強が嫌なことなどを話していた気がする。私は、彼と戻りたいと思っていることを、正直に話した。一ヶ月で成長したから、もう大丈夫だと。彼の返事は曖昧なもので、要約すると、また縁があれば、ってとこだ。

 前みたいに改札まで送られ、もう振り返るまいと思った。泣いちゃだめだよと言われ、泣かないよと笑った。前の、弱いままの私じゃない。いつもなら三歩ごとに振り返っていたところを、かなり歩いて、かなり遠ざかった。きっともう振り返らないと、彼もわかっただろう。もう絶対にいなくなったと思ったところで、確認するためだと自分に言い聞かせ、ちらっと後ろを見た。行き交う人の流れの中に、動かずこちらを見ている影があった。

(ああ、見透かされた。)

 彼を、彼との日々を、振り返らずに生きていけるような私になったのだと、私は思っていた。戻りたいと思っているのも、前の関係にじゃなくって、もっと自立して、もっとちゃんとして、もっとずっといられるような、そんな二人になれるよって言いたかった。涙が出てきた。彼は会っている間ずっと、”他人と喋るとき”の話し方をしていた。電話で私を諭し、最後の愛情を注いでくれた彼とは、別の人間だった。私は?私は、その声のトーンに、口調に、ただただ動揺して、話の内容すらまともに入ってこず、置いてけぼりだった。虚しかった。彼から自立するための一ヶ月、彼は私のいない生活を取り戻し、私は彼に認められるためだけに頑張っていた。

 

 それから多少色々あって、彼とは連絡をとっていない。彼を嫌いになろうと必死に努力したが、無理なのだとわかった。今でも会いたくてしかたがないが、会えなくても愛おしいのは変わらなくて、幸せに生きていて欲しいと思っている。そして、私も幸せにならなくてはいけないんだと、やっと前を向いた。

女の子する唇

    唇がカサカサな女子は恋を逃すらしい。今テレビでやっていた。

    自慢ではないが、私は毎日リップスクラブをしている。スクラブでツルツルにして、ワセリンで保湿して、たまにマッサージしてプルプルにしてる。LUSHのリップスクラブおすすめ。

    可愛い下着も買った。自慢ではないが、私はEカップだ。とてもそうは見えない。アニメならBかCと設定される程度にしか見えない。でもアルファベットは嘘にはならないし、可愛い下着も持っている。可愛すぎて自分のぽよぽよのお腹が恥ずかしくなったくらい可愛い。

   昨日は美容院に行った。髪質改善なんちゃらみたいなやつをやってきた。確かにサラサラしている。こないだ担当してくれたお兄さんは、私が成人式まで髪を伸ばしていることも覚えてくれていた。あと髪型を褒める時に可愛いと言ってくれる。通う。

    こないだ、医療脱毛を申し込んだ。現金22万円を封筒に詰めて行った。パソコンより高い買い物をする日が来るとは。永久って聞いちゃうと今の20万やそこら大したことないな…と思ってしまう金銭感覚チンパンジーなので、タピオカ代をケチりながらお金を貯めている。

    化粧をする日は1時間くらいかける。それかすっぴん。ON/OFFのメリハリがすごい。マックス・オブ・ザ自分か、as I amかどちらかでないと嫌なのだ。化粧をして可愛いと思ってもらえたら嬉しいし、すっぴんも好きだと思われたら最高だ。最近ちょっと化粧が上手くなって、大学の友達から「いつも可愛いけどなんか今日いつもより可愛いね!」と言われた。全人類を超美人と美人に分けるなら〜論に似た何かを感じたが、まあ気にしない。

    何を言いたいかって、ちゃんと女の子してると思うのだ。私。確かに小学生からのバスケとバレーで鍛え上げられた腕はそこらへんの男子より屈強そうだし、肩幅もまあある。手の大きさは女子には負けたことがないし、足も大きくて靴屋に行くのが憂鬱だけども。けども。ちゃんと女子のルーティンを頑張っていると思うのだ。

 

    女性陣は私がつらつら述べてきた女子的活動を、いや普通じゃね??と感じられるかもしれない。そう思えるとしたら、私の女子力レベルが低い(のはもちろんのことそれ)以上にあなたの努力度が高い。自信を持って欲しい。

    私は彼と別れるまでまともに化粧もできなかったし、見た目に気使うとか馬鹿らしいなくらいにしか思っていなかった。彼に好かれるために申し訳程度のリップと、彼の好きそうな…下着を揃えたりはした。でも基本ズボラだから化粧水めんどくせー、日焼け止めいいや塗んなくて、マニキュアとか無理〜〜って感じで生きていたのだ。

   しかし彼と別れて何もすることがなくなって自分に自信がなくなった。友達に勧められて化粧をちょっと頑張るようになった。最初は彼にまた振り向いて欲しいと思ったりしたのだけど。そのモチベーションがなくなってもまあまあやっている。

    自分もちょっとかじるようになってわかった。思った以上に時間もお金も労力もかかる。マツエクなり美容院なりネイルなり脱毛なり、基本行けば一万はかかると見ておく。時間もかかるし予定を空けなくてはいけない。足を運ぶのもめんどくさいし手入れもめんどくさい。それを数ヶ月に一回ずつ、もしくは一ヶ月に数回するのだ。服もコスメも香水も諭吉がぽこすか飛んでく。一個五千円のデパコスで化粧ポーチ埋まってる人って何で稼いでんの?もしくは自家生産??

   そして、この時間やお金や労力を、みんな当然のように払っているのだ。アンビリーバボー。この水準で生きてる世の女性偉すぎる。ただ生きてるだけで偉いのに。

    どうも女の子は、自分を磨く生き物らしい。殿方の事情はよく知らないし、私は男に対する女について語っているのではなくて独立した存在としての「女の子」について話している。ジェンダーがどうとか言いたいのでもない。一つの概念であり価値観ですらあるかもしれない「女の子」という集合は、その内に「女の子」である故、或いはそうである為、努力するたくさんの実体としての女の子を内包している。

    とりあえず、私はそんな女子という集合の端くれとして、彼女らに敬意を払う。挙げて行ったらきりのない小さな努力を、平然と行なっている彼女ら、私たちはすごい。もっと自分を褒めていいと思う。もちろんお化粧とかをできなかった日も、肌に優しくてとてもいい。とにかく偉い。

    しかし、それを常識として、あるいは他人、特に異性へのアピールとしてこなしている部分はあれど、自分磨きを自分自身の喜びとしている人が多いのも興味深い。女子とはそういう習性なのだろうか。

 

    以前奢る奢らない論争が熱を持っていたが、私はここで女子は頑張っているから奢れと言いたいわけでもない。そこに関しては、この現状を知った上で男性がどう感じてどう行動するかでしかない。私は奢られるのをあてに行動するのはみっともないと感じるが、別に何が正しいわけでもない。だからそんなのは、その人同士の関係性や個人の感性の問題で、ここで一般化はしない。

   ただ、男性各位には女子の「女の子」らしさや「可愛い」がどうやって作られているのか、知っていて欲しいと思う。朝起きたら化粧が出来上がって髪が巻かれているわけではない。あなたに会うためか単に外出するからかはわからないが、ある程度「可愛い」を作ってきているはずである。それが自分のためであると思うことは傲慢だが、目的が何にせよ努力したことを知って接して欲しい、と思う。別に声に出して褒めろというのではなく、女子の化粧や肌のコンディションなどについて何かを言う時はよく考えてからね、ということだ。もちろん男性に配慮がいらない、という話ではなく。

   私も少し頑張り始めて、でもそれにより皮肉にも自分の限界がなんとなくわかった。私は峰不二子にはなれない。私の低い鼻とタレ目じゃいわゆる美人にはなれない。多分女の子は特に、鏡と、自分の見た目とずっと向き合っている分、自分のダメなところどうしようもないところもよく理解している。だからこそ、大事な人からの「可愛い」が欲しいのだ。自分の気に入らないところはなくならないけど、可愛くなろうとする努力や自分を認めてくれる人がいるなら、大事な人が自分のことを可愛いと思ってくれるなら、頑張る意味の一つになる。そしてたまにさぼっても許して欲しい。許すも何も他人はとやかく口を出すべきじゃないんだけど。頑張っているのを当たり前だと思わないでいて欲しい。

    なんて、私には女心はわからないけど、それっぽいこと書いてみました。結局、みんな自分はある程度頑張って、他人に対しては甘く優しく見てあげれば、頑張るのも頑張らないのも楽になるのになぁなんて思うわけです。男女関係なくね。さあ私は明日突如恋人ができてちゅーすることになっても大丈夫なよう今日もリップをスクラブして寝よう。おやすみなさい!!

「失恋は時間が解決する」なんて嘘だよ

 こんばんは。夜名七夕多です。今日は珍しく連投です。

 最近感傷が過ぎてやってられんのです。センチメンタリストNayutaを名乗ってもいいのではないかと思って生きています。

 もうすぐ独り身になって半年が過ぎようとしているのです。当たり前に二人で過ごすものだと思っていたクリスマスが、もうすぐ、来てしまう。彼を置いて。

 今日手紙の整理をしていたら、自分の書いた手紙が見つかりました。多分去年の彼の誕生日か、それとも彼の浪人時代の何でもない日になんとなく書いて、なんとなく渡せないままだったのでしょう。

 「ずっと大切で大好きだよ」「ずっと一緒にいてね」「誰よりも好きでいてね」「愛してる」。見てて寒くなるようなかゆくなるような言葉を目一杯詰めた便箋は、それを書いたときの気持ちを、希望を、容易に思い出させてきて、少しあったかい気持ちになる。でも、ふとああ、もう一生叶わないんだ、と毎日立ち向かってきた事実に殴られ、ノックアウト。彼が愛してくれていたことよりも、ずっと愛されているだろうと信じていた自分が可哀想で、惨めで、苦しくなる。

 別れたすぐ後の方が元気だったかも知れない。4年間会っていなかったような人たちに月5回くらい会った。それは盛ったかも。課外活動的なのにも体験に行ったり、参加したり。ただがむしゃらに頑張っていた。我ながらすごい行動力だったと思う。もちろん毎日泣きはしたのだけど。

 でもその頃はきっと、彼のいないことを受けいれられない自分を、受け入れていたのだ。しょうがないよあんなに好きだったんだもん。そんなすぐに忘れられるわけないでしょ。でも頑張ってればきっと、きっと前よりずっと楽しくなるしもっといい人に出会えるよ。こう自分自身を励ませていたのだ。

 もうそれもできない。楽しいこともあった。いい人にも出会えはした(もっとも彼を基準にすれば「いい人」じゃない人の方が少ないのだけど)。でもだめだったのだ。自分なりに頑張りはした。それでも、あの人がいなくても/いない方が楽しいじゃん、全然平気じゃん、とは思えなかった。私は未だに、あれほどの幸せを見つけられやしない。

 すごく自分勝手で顔を見るのも嫌な後輩が、彼氏を作ったらしい。彼の前の彼女から奪ったようだ。みんなが出店で必死に働いている中、彼氏と一緒に文化祭を回っていた。来年同棲するらしい。自分でも驚くくらい胸がむかむかして吐きそうになった。彼といるときの自分を見ているようで、上手くいっていない自分と対比されているようで、苦しい。どうかその彼氏の元カノと同じ目に、私と同じ目に遭ってくれと願う自分の心の醜さに絶望する。私はいつからこんな人間になったのか。

 絶対に私の方が彼のことを好きだった。誰と張り合っているのかといえば、全恋する乙女だ。私は誰よりも彼を愛していた。全て愛おしいと思っていた。別れた、振られた今になって、この主張に何の意味が残っているのか。虚しさと負け惜しみ以外の何であり得るのか。私が出せる結論はいつも「だからもういい、死なせてくれ」だ。

 再三言っているように、私を好きじゃない彼など何の存在意義もないし、彼から愛されない自分も同様だ。前までは、死んだわけじゃないんだから、また会えるんだから良かったじゃない、なんて可愛くも思っていたが、生きてるのに私のことを好きじゃないとか何のバグですか???死んでどうぞ???としかもう思えない。

 私の方も死ぬべきだ。というのも、私が何をこんなにこじらせているかといえば、「恋愛」では実はないのだ。特に何が優れているわけでもないが、特別劣っているところもないはずだから、これまでも恋人を作ろうと思えば作れたはずなのだ。でもそうしなかったのは。そうできなかったのは。

 私が望んでいたのは恋多き人生でも、モテモテの自分というステータスでもない。ただ彼と一緒に迎える記念日であり、未来であり、家族だった。これは恋に恋してるというより、本当に彼に恋していたと言えるのではないか。何がなくても、あの人といられれば楽しいんだろうと思ってきたし、今でもそれは間違っていなかったと思う。ただ、彼がいなければ楽しくないという裏の命題が、等しく真であることは予想外だった。 

 彼がいなくなって、世界は霞んだ。楽しいこと、悲しいことを、楽しい、悲しいと伝えたい相手がいない。愛してると言いたいのに、言う相手がいない。正確にはもう彼に言えない。授業を頑張ってこなしても、彼に会いに行ける放課後は来ない。惰性で生きているとはこのことか。毎日彼に代わるような何かを明日に求めて、何も得られない今日を迎える。彼に可愛いと言われなくなって、私はまた冴えないブスに戻った。自分が彼を愛し抜く、守り抜くのだという自負が、私の誇りだった。今はもう、守るものは何もない。少し残った彼への愛を食い潰し死ぬ時を、今か今かと待っている。

 失恋どころか恋人ができたことない人だって一杯いるぞ!とよく言われる。私にとって恋人が「いた」ことはむしろdisadvantageだ。あんなに愛した人に振られるなら、誰も愛さない方がましではないか。彼より好きになれない人と付き合ったって虚しいだけだ。どうせ別れるのに好きとか一生とか馬鹿みたいだ。新しく恋をすべきだと思っても、こんな考えに阻まれる。そして変わり映えのしない日常を、のうのうと生きている。

 そんなことを書いていたら、ああまたこんな時間だ。やっと夜になった。

 今日も頑張って生きた。今日も死ねなかった。

亜Q外伝

   Q子は確かに疲れてゐた。部屋は心を表すといふが、彼女の部屋は彼女のきもちを現像したもののやうである。草臥れた部屋に明かりを灯し、Q子は口角も上げず笑つた。確かに彼女は疲れてゐたのだ。

   何に疲れてゐるのか、といふ問ひは酷く愚直であつて、彼女に声をかけるのであれば、貴方は「何には疲れてゐないか」と問ふた方がずつと彼女の疲れを増やさなくて済む。彼女はたぶん、「貴方には疲れてゐないわ」と、口角を上げて笑ふであろう。

    彼女の狭い家への帰り道、Q子はいつも泣いて帰る。全てのものが、彼女には不愉快であつた。彼女と違う思考をもつた人間たちも、一向に解決されぬ問題たちも、そして如何しても願ふようにはなつてくれぬ彼女自身も、みんな厭なのであつた。余りにも自分中心で、自意識過剰で、醜い。誰かにさう思ふ程、自分自身にも同様に感じられるのである。さうでない人間が、ゐたかしら。あの人も同じだつたのよ。あの人が一番、酷いのよ。玄関先で崩れ落ちてはさう泣くのが常であつた。

    ある日、Q子は目覚めた。目を開けると、視界は霞んでゐて、思考も白と、黒と、殆どの灰色で塗られてゐた。それでも今日も、行かなくてはならないわ。ところであたしは、何処に行かなきゃならなかつたのかしら。いやだ、あたし、何を着なきゃいけなかつたのかしら。夢であろうと思へど、夢よりずつと不快な現なのだわ、と気付いて彼女は、彼女の掠れたアパルトマンの階段を駆け上つた。

 

泣けばうたた寝

 道を、泣きながら歩いた。

 家までの道。空はまだ明るいのだけれど、住宅に囲まれた寂れた路地に日は差さなくて、隔離された薄暗さを漂わす。

 こんなことは日常で、ありきたりで、つまらないことだ。常に泣きたい気持ちを腹に抱えて生きているのだから、実際に泣いていようと泣いていまいと私には関係のないことだ。濡れたマスカラが私の顔を、遅れたハロウィンに仕立てることを除けば。

 何がそんなに悲しいのか。もう忘れてしまった。何がきっかけだかは覚えていない。ただ私の周りは悲しいことに溢れているのだ。例えば何だろう。会おうと思っていた友達が二日酔いで外出できなくなったり、コンビニで何か甘いものを買おうと思っても、私にとってそれが、そしてそれにとって私が、大事なものでない気がして、結局何も買わなかったり、それで昼ご飯も間食も摂ってないから痩せるかも、などと喜べなかったり。

 もう好きな人が欲しいとか愛してくれる人が欲しいとか、そういう浮ついた気持ちにもならないようだ。あの人じゃないと要らないし、あの人は私なんて要らないし、それならこちらも願い下げだし、他の人を好きになれそうにも、他の人から愛されそうにもない。

 人を愛していない生活を、三年間の間に忘れてしまった。帰り道や授業中やその他の時間、空っぽの頭を好きな人で埋めないで、どうやって時間が過ぎるのか。楽しい気分になりたいときに、好きな人でない何を思い出せば思わず笑ってしまえるのか。思い出せない。

 お腹が空いた。お腹の「空いてるよ!」というメッセージを聞き流してしまっているあたり、私は今幽が体を離脱中かもしれない。確かにふわふわして眠い。雪山にいるのかもしれない。寝たらもうおきれない気がする。寝不足なだけだった。

 今日はどうもいつも通り頭がおかしい。

眠たい

    ああ、どうも疲れてしまった。

    感情の波を乗りこなせないで、ただ溺れそうになっている。

    別れて5ヶ月経った。5ヶ月よく生きてきたものだ。

    あの人は私の最愛の人で、生まれて初めての最初で最後の一世一代で、私の全てだった。そしてもういない。いない。

    彼のこと以外では、特に悲しいこともない。楽しいこともたまにあるけど、人生が楽しくなるわけじゃない。彼との過去が、彼に愛されない今が、今の私の全てだ。

    外に出れば、思い出の渦に飲まれる。一緒に食べたチェーン店なんて、日本中に溢れている。某うどんチェーン、私は大を彼は中を頼んで、店員は私に中を置いた。彼は私をさんざ馬鹿にして楽しそうだった。私も楽しかった。

 

    この間ラーメンを、食べた。視界が歪んで、彼の声が聞こえてきた。

「…美味しい?でしょ!美味しいとこいっぱい連れて行ってあげるね。」

「また替え玉頼むの!半玉にしておきなさい。」

「美味しかったね。またここ来ようね。」

彼の顔を見ていた。彼の顔は各場面で、楽しそうな顔になったり、意地悪そうな顔になったり、優しそうな顔になったりした。かつてそうであったように、ころころと表情を変えた。

    はっと我に帰ると、彼はいなくて、目の前のラーメンを見つめたまま、私はほとんど泣いていた。

    

    最近こんなことばかりだ。何かにつけて、妙にリアルな回想パートにトリップする。現実とのあまりに鋭すぎる対比でいつも心を抉られる。一緒に買った服、一緒に食べた店、彼の妹の学校、行きたかった場所、見たかった景色、手を繋ぎ歩く冬、着たかったドレス、欲しかった指輪、狭いアパートに一緒に住むという夢。見て、思い出して、泣く。単調な作業だ。

 

    なんかもう、このまま死んでもいい気がする。きっと私が見る走馬灯は、彼との楽しい思い出ばかりだ。そんな気持ちのまま死ねるなら、私の人生も悪くなかったと思えるかもしれない。

   

    そんなことを思いながら、今日も生きた。よく頑張った。眠たい。疲れた。

ベリベリポジティブマン、爆誕

    こんばんは〜〜。めっちゃお久しぶりです〜〜。夜名 七夕多(よな なゆた)と申します。

    やっぱり大学始まると忙しいですね。授業忙しくて、受験勉強もしなきゃいけなくて、部活もバイトもあって。今日はサークルの大会でその後同期とお喋り大会。いやー忙しい忙しい。

    でも、今夏休み中よりずっと楽しいんです。イメージ的に言えば、休み期間は何もない空白にプカプカ浮かぶ楽しみな予定をつたいながらなんとか生きていたんですよね。空白を埋めるのは彼との思い出と想いばっかり。そりゃしんどくなりますやん。

    今は毎日授業と部活とバイトとで色んな人と出会って、色んなことを話して考えて、たまに友達と遊んだり息抜きして。そんな風にしていると、ああ私ちゃんと生きてるじゃん、偉いじゃんって自分のことを好きにもなれるのです。

   だから、仕事なり学校なり、一見やりたくないと思うことがあるからこそちゃんと生きてる自分を誇れるし、悲しいことも忘れる暇ができて前に進めるんだろうなって。ちょっと前まで瀕死状態だった私が、今は友人から「クソポジ(クソポジティブ)」と呼ばれるようになるまで回復したんです。このブログを読んでくださっているみなさまにおかれましては、道端で拾った死にかけの子猫がすっかり元気になって戯れてくる疑似体験をしてもらえたのではないかと思います。

    まあとは言え、彼のことを忘れられたわけではないのです。しぶとい奴ですね。未だに帰り道泣き出したりします。今日も東急スクエアを見て、こないだここでプレゼント買ったな…と凹んだり。でも変わったのは、いや、こんな想い続けてる私可愛くね???愛おしすぎるやん、早いもん勝ちやでおまいら〜〜と架空の彼氏候補たちに問いかけられるようになったところですね。

    多分今好きな人ができたらどうなるかと言うと、

上手くいった場合→名は何という?ほほうそうか、田中というのか。贅沢な名だね。今から私の苗字は田中だ。わかったな夫よ。返事は?

上手くいかなかった場合→は〜〜、残念だったね〜〜、手に入るはずだった幸せ逃しちゃったね〜〜。はい、敗者復活戦で勝ち上がったらまたどうぞ。

 

…いや、好きな人作りたすぎる。どう転んでも楽しすぎる。上手くいかなかった話を友人にするのすら楽しみ。タブーが多すぎて隠し続けていた彼との時代とは雲泥の差だ。人生楽しい。

 

   てなわけで、なゆたは楽しそうに生きています。私さいしょーーのほうの記事で、こんなどん底みたいな人間がいるんだって、辛い思いをしてる人に元気を出して欲しいみたいなことを書いていたんですよ。それが今やこれ。どん底からこんな居ても立っても楽しい人間になれるって思えば、将来に希望持てるってもんでしょ。

   それにはやっぱり、やらなきゃいけないこと、やった方がいいことをそこそここなして、そしてそんな自分を必ず褒めること。たまにご褒美をあげること。これが大事なんじゃないかなって思うんです。

    人生は生きてる間ずっと続くわけだから、途中だめな時があったって次の日できればいいし、できなくてもまた次の日がある。楽観的で享楽的に、でも自分を引っ張り上げてくれるような目標もちゃんとどこかに持っていれば、今も未来も楽しいよきっと。過去が今の自分になっているけど、今の自分は過去ではないよ。あの人を好きで好きでだめだめだったあの頃が今の自分を作っているけど、今の自分はあの人をまだ好きでもまだだめだめでもあの頃の自分じゃない。だめだめだったね、でもよく頑張ってたよあの頃の私も、って思える自分になったよ。

    なんてね。20歳の子供が申しているわけです。このブログはありがたいことに、同年代の人たちにも、もっと上の方たちにも読んでもらっています。私がこうマックスポジティブマンになっているのは、私がまだ若くて未来が明るいからというわけじゃないということは、伝えておきたい所存です。一秒前より確実に“大人”になっていて、確実に進歩している。状況の善し悪しじゃないのです。それが悪いものでもいいものでも、何かしらの経験を積んだ自分は素敵になっているに違いないのです。人は経験によってしか何かをできるようにならないから、生きる経験を積めば積むほど生きるのが上手になっているはず、だし、「生きている=偉いこと」をしている合計時間も増えていくだけですから、それだけで偉い。偉いよ自分。

 

 まあ色々ツッコミどころはあったと思いますが、とりあえずこう思えるときが増えました。私は自己啓発本を書くわけでもないので、特別な方法とか長年の研究により編み出されたメソッドとかはないですが、地獄のような毎日を乗り越えてアホみたいに人生楽しんでいる人間がいること自体を希望に変えてもらえればな、と思います。

 急に人格変わりすぎて不気味に思われるかも知れませんが、ちゃんとしらふです。そうそうお酒と言えば、こないだ酔っ払って後輩に抱きついたらしいので、もう今後はお酒を飲まないで抱きつこうと思います。明日愛しの我が友人にも会うので、愛を伝えてきたいと思います。 I know hou much you love me, and so do I, my baby (chu chu)!!! 

 And you guys, reading me, I love you sooooooo much, too!!! Thank you for reading and loving me so much as I do to you!!!!

近況報告と相変わらず

 お久しぶりです。夜名 七夕多(よな なゆた)です。

 いやあ、最近なかなか書けていませんでした。下書きをちょっと書いてはボツ書いてはボツという感じで数日。そろそろガツンと書きたい。と、これもボツになるのかもですが。

 最近の私の動向といえばですね、まず模試を受けてきました。東進の東大本番レベル模試です。このブログではっきり言ったことはなかったかもしれませんが、私は東大を受けようと思っています。因縁ですね。

 まあもし万が一入ったら、理由もなく包丁を鞄に忍ばせているかも知れませんし、偶然テレビに「彼を殺して自分も死のうと思った」なーんてニュースが舞い込んでくるかも知れません。嘘です。本当に嘘です。

 むしろ昨日は3億回目の彼が恋しい期でめそめそ泣いていました。もうなんか変に諦めもついています。次の恋人が空から降ってくるのを待つしかない。それまではきっと彼は私のオンリーワンでナンバーワンのままなのです。だってまず一人しかいないし。

 さて何の話でしたっけ。そうだ、模試だ。お隣の超超難関高校3年生に答案を見られないよう必死でした。国語はやばいあと三分!と思って急いで答えを書いたら試験終了一時間前。すなわち一時間の睡眠時間を得ました。

 東大の試験本当は2日に分かれているのですが、何故か東進は1日にまとめてくれるので朝9時から夜7時まで解きっぱなしという地獄を味わえます。終わった頃には無表情・無感情・無思考。私はなぜこんなことをしているのだ…と寂しさも相まって帰り道でぽろぽろ泣きました。

 結果が帰ってきたらここで公表できればしようと思います。あまり直視したくない結果が届いたら庭で焚き火をし焼き芋を焼きます。自分に甘く、口には甘いものを。

 

 もう一つお知らせすることがあるとすればそうですね、髪を切りました。え、どうでもいい?まあどうでもいいなりに聞いてください。四ヶ月ぶりに前髪を切ったのですよ。美容院の髪質改善+カットを半額クーポンで予約して。

 切ってくれたお兄さんは顔がいいし優しそうないい人でした。いや別に違いますよそんな。すごい可愛いって言ってくれるからって好きになるとかそんな単純な人間ですよ私は。髪に対してだって可愛いって言われたら喜んじゃうじゃん。このブログを読んでくれている男性たちに女性の秘密を教えると、女性が好きと言われて喜ぶのは好きな相手からの時に限られますが、可愛いと言われるととにかく嬉しいです。もちろん下心とか機嫌取りは見破られますがね。少しでも可愛いと思ったら可愛いと口に出すのが吉です。相手のQOLが少し上がります。

 でもねぇ。前髪が切られちゃった。切ってってお願いしたのはこっちなんだけどね。

 短くなった前髪はさっきまでよりずっと軽くて、顔が明るくなって、すっきりしたのだけど。「前髪長くしてるの好き。可愛い。」って彼の声が未だに聞こえるんですよ。違います薬やってないです。麻薬よりよほど中毒性の強い何かです。ああもう可愛くないかなぁ。でも、「まーたパッツン!もーやめなって言ってるじゃん」とかも、ああ、言われないんだなぁ。

 はい撃沈。人生こんなことの繰り返しですね。

 そうそう。こないだ大事にとっておいてた、彼と行った映画や水族館、スカイツリーなんかのチケットを一挙に捨てたんです。でも覚えてるんですよ。初めて一緒に見た映画のスターウォーズは、彼が途中でキスとかしてくるもんだからちっとも内容見てなかったなとか。ミニオンズは私の誕生日に見に行ったけど、私が途中でお腹痛くなって、終わった後すぐ彼と薬局へ駆け込んだなとか。鎌倉物語は冒頭の新婚旅行のシーン、私たちもこうなれたらいいなって、何故かすごく泣いたなとか。あの話の続編、一緒に見に行こうねって、確かに言ってたんだけどな。

 世の中の大人みんな、どうやってこんな思い出たちと上手くやっているのだろう。必死に抱き寄せようとして、腕から通り抜けて、寂しくて悲しくて。あまりにも辛い。あまりにも痛い。辛すぎて痛すぎて、たまにこれは夢なんじゃないかって思えてくる。悲しい夢見たの、(彼)くんと別れる夢見たの、ばいばいやだよって、泣いて電話をかけたあの日と同じ、夢なのかも知れない。早く目が覚めればいいのに。早く目を覚ましなよ。悪い夢見たって、電話かけておいでよ。

 

 …またまたこんな話になってしまいましたね。まあこれでこそ私ですし(開き直り)。でも将来への展望もちゃんとありますから、また恋人ができたらみなさんにお話ししますね。失恋パートの500倍くらいうざくなります。自慢とかじゃなくて、ただただめちゃくちゃ好きすぎて喋りたくてしかたなくなるんです。まあまだ相手いないんですけど。覚悟しておいてください。ふふふ。ふふふふ。